田中さんは、毎朝、会社に到着すると「おはようございます」と元気な声で職場の人たちに挨拶をします。
同じ職場の鈴木さんも、「おはようございます」と職場のみんなに挨拶をしています。
二人とも礼儀正しく、きちんと挨拶をするサラリーマンです。
しかし、田中さんの朝の挨拶は評判良いですが、
鈴木さんの朝の挨拶は辛気臭いと評判が悪い。
言っている内容は同じ「おはようございます」なのに、です。
田中さんの「おはようございます」は元気で覇気がありますが、鈴木さんの「おはようございます」は陰気臭くてボソボソ小声です。
同じ言葉でも、そこに漂うニュアンス次第で、人は好意的にも受け止め、その逆のケースもあるということです。
音楽もそうです。
同じフレーズでも、音色や演奏者がこめるニュアンスによって随分と受け手の印象は変わります。
たとえば、パーカー・フレーズというものがあります。
アルトサックス奏者以外のプレイヤーもコピーし、ときにアドリブの中に織り交ぜることもある、ある種「モダンジャズの基礎言語」とでも言うべきフレーズです。
しかし、当たり前ですが、パーカーが吹くパーカーフレーズと、ジャッキー・マクリーンが吹くパーカーフレーズはまったく違います。
同じ音符の並びであるにもかかわらず、私たちは音符の並び以上に、そこに込められている情感や音色、タイミング、スピード感など、耳に入ってくる様々な情報をトータルに判断して、「いい」とか「好き」とか「嫌い」を判断しています。
だから、パーカーさんの「おはようございます」は滑らかで気持ちが良いけど、マクリーンさんの「おはようございます」は少し詰まってドモり気味だからスッキリしないよね、と感じる人がいてもおかしくはありません。
逆に、パーカーさんの「おはようございます」は明朗快活だが、あまりにもスムース過ぎて何を考えているかわからない。
逆にマクリーンさんの場合は不器用だけど人間味があって好感を持てると感じる人もいるんじゃないかと思います。
たまたまアルトサックスを引き合いに出しましたが、ピアノも同様です。
ピアノの場合も演奏者のタッチで音色は著しく異なりますし、同じフレーズでも、タッチの違いが受け手に及ぼす感触の違いは大きいです。
たとえば、バド・パウエルが弾いたフレーズとまったく同じ内容をバリー・ハリスが弾いたとしても、両者のピアノから受けるニュアンスはかなり異なります。
パウエルさんの「おはよう」は、ちょっとキツいけど、バリーさんの「おはよう」は優しげよね、と感じる女子社員がいても不思議ではありません。
つまり、音符の並びのみならず、我々は無意識にそれ以外の様々なニュアンスを感じ取っているのです。
よって、「自分がピアノを聴く場合、フレーズは聴くが、タッチは聴かない」というようなことはあり得ません。
タッチも聴いているのです。自覚がないだけです。
「高野雲はタッチでピアノを聴いてるそうだが、普通はフレーズで聴くものだ」
どうも、このようなことを寺島靖国先生がラジオでおっしゃっていたようですが、うーん、私、寺島さんの番組で「パウエルのピアノは音が立っている」「パウエルはタッチが強い」というようなことは言いましたが、「パウエルはタッチで聴く」とは言ってないんだけど……(苦笑)
もちろん、私の場合、パウエル、モンク、ペトルチアーニなどのピアニストは、強いタッチに惹かれていることは確かですが……。
おそらくこれは、いつもの「寺島語」と解釈すべきでしょう。
「自分はピアノのフレーズを重点的に聴いている」というぐらいの意味なのでしょう。
しかし、タッチとフレーズ、この2つの要素は不可分です。
ピアノを鑑賞すること自体が、ピアノのタッチが生み出す音の集積(=フレーズ)を聴いているわけですから。
よって、タッチ抜きにフレーズのみを抽出して聴くということは不可能なのです。
少なくとも私はそんな器用な真似は出来ません。それに、フレーズのみが重要ならば、譜面を読んだほうが話が早いですしね。
あたりまえですが、私はフレーズも聴きます。
しかし、むしろそれ以上に、そのフレーズに伴う音色やニュアンスをも全部まとめて楽しみたい(というか楽しんでいる)。
恐らく多くのジャズファンもそうなのではないでしょうか?
つまり、最初から「フレーズ」と「タッチ」を分けて論ずること自体がナンセンスなのです。
百歩譲って「タッチ」を耳の中に入れず、「フレーズ」のみを抽出して聴くという器用なことが出来たとしたら、それこそ冒頭で書いた田中さんと鈴木さんの「おはようございます」のニュアンスの差を聴き逃していることに等しい。
それって、音楽を鑑賞において重要なことの1つが欠落していると言わざるを得ません。
なにしろ音色、タッチなど、楽器をコントロールする技術は、フレーズ以前に演奏者がもっとも心を砕く大事なことだからです。
だからこそ、楽器演奏者はときには高価な楽器に大枚はたくこともあるわけで、音色やタッチも演奏者にとっては「表現」の一部なのです。
楽器が発する音色のニュアンスを聴き分けずして、オーディオ好きを公言し、オーディオ雑誌に記事を書き、オーディオ本も著す寺島さん、アナタは一体??……といいたいところですが、海千山千な寺島さんのこと、実際のところは、当然のことながら楽器のニュアンスやタッチに関しては、聴きわけていることと思います。
「タッチorフレーズ」というのは、いつもの寺島流レトリックであり、ジャズマニアやオーディオマニアが抱く「いつもの寺島キャラ」と、ご自身のイメージを存続させるための戦略的発言のひとつにすぎないと私は感じます。
キャッチーなテーマ設定の得意な寺島さんのこと、これも「寺島流・聴き方新テーゼ」なのでしょう。
また、オーディオマニアやご自身のファンに対して、常に小出しに楽しみを提供しつづけねばならない“オピニオン・リーダー”としての自覚と、その苦労も察します。
しかし、「タッチ」と「フレーズ」を2つに分けて、「あなたならどちらで聴く?」というようなアプローチは、明快なようでいて、かえってリスナーを混乱に陥れかねないのではないかと私は懸念します。
そして、こういっちゃ寺島さんには失礼ですが、この2極分類の発想は、
「あなたは女の子を見るとき、最初に顔を見る? 胸を見る?」という質問にも似た、あまりレベルの高い問題設定だとは思えないんだよね(笑)。
だって、オレのように両方同時に見てる人だっているわけですから(笑)。
というのは冗談ですが、
つーか、こういう話、ブログなんかに書いてる場合じゃなくて、寺島さんとまたサシでしたいよ。
プロデューサーのIさん、オレをまたゲストに出演させてくれ〜!(涙)
※番組持ってる人は、それぞれのキャラがあるから、同じ局の他の番組への出演はあまり好ましくないらしいのだそうです。(>_<)
2009年04月28日
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もちろん学生時代の音楽の成績なんて散々。。。orz
でも、音楽を楽しむことはできるし
音楽を聴きながら色んな情景を想像できたりもできるし(^^;
そんなワタクシをはじめとするパンピーな人々からすれば
失礼を省みずに言えば、評論家と称する方々の聴き方は、
なんと頭デッカチなことよのぉ、と
まぁ、楽しみ方は人それぞれなのだから自由なんだけど
なんとなく理屈で聴いているような気がしてならない
記事にするための仕事であればやむなしだけども
オフのときであっても、そんな聴き方をされているのかなと。。。
たんに楽しむだけではいけないのか?
耳で、身体で、音を感じてスイングするだけではダメなのか?
問いたい!小一時間、問いたい!(w
マニアックな楽しみ方、それもアリではありでありましょう
どんな道にでも進むほどにマニアックになるのは自然の摂理なんで
だけども、ソコにあるのは「単純に楽しい」ですよね
旨いものを喰えば、旨い!でいいんです
そこを基本にして、この魚は、この酒は、って話になれば
より楽しいのです
オレの喰い方は、こうだぁ!これが正しい作法だぁ!
って言われてもねぇ、、、(汗
まことに僭越ではあるまするが、
専門家の方々には、ガンコなラーメン店主ではなくて、
より音楽を楽しめるようなソムリエのような存在で
あって欲しいなぁと思う次第でございます
おはようございます。
おっしゃることはごもっともだと思います。
ただ、「これは旨い!」という単純な感覚でも、出来るだけ万人にわかりやすく誤解のないように伝えるためには、説明が長くなったり、キーワードやレトリックを駆使してみたりと、いろいろな工夫も必要となってくる場合も時にはあるということをお察しいただければ、と。
これは、寺島さんや私のみならず、おそらく多くの方が、その点で苦労されていることだと思います。
今回は、たまたま寺島発言を引き合いに出しての記述となりましたが、常にリスナーに新しいキーワードや、テーマを提示し、ジャズの楽しみをいろいろな角度で伝えようとされている寺島さんの姿勢、意気込みに関しては、私は評価しています(主張内容が素っ頓狂なことも多いですが・笑)。
あとは、この主張内容に対して、「それは違うんじゃないの?」「いや、そうだ!」と意見交換する楽しみも、またジャズの楽しみ方の一つだと思っています。
まさに、
>そこを基本にして、この魚は、この酒は、って話になればより楽しいのです
の世界です。
ただ、中には単純に聴いて楽しければいいじゃないか、という方も大勢いらっしゃる。
おそらく、そのような方には、活字情報や評論は不用だと思うし、無理して読む必要もないと思います。読む読まないは、それこそ当人の自由なのですから。
ただ、中には、聴き方や感じ方をめぐってのやり取り、意見交換を楽しみにしている方も大勢いらっしゃることもお察しいただけるとありがたいです。
なにしろ、このような話が評論家の方3人によって(時にはゲストを招いて)2時間も交わされているのが寺島さんの「PCMジャズ喫茶」というラジオ番組なのです。
一時期、2時間の尺が1時間になったこともあるのですが、熱狂的なファンたちからの投書によって、すぐに2時間の尺に戻ったほどの人気番組です。
しかも、レギュラー出演者は変わってはいますが、ほぼこの内容で10年以上も続いている長寿番組ということからも、ジャズやオーディオをめぐる云々話を楽しみにしているファンや市場は確実に存在するということです。
つまり、「いいものはイイでいいじゃないか」の一言では物足りない人たちも、世の中にはたくさんいるということもご認識いただければと。
土井たか子的な「ダメなものはダメ!」の一言を潔く感じるタイプの人もいれば、なぜダメなのかもっといろいろな角度から議論してみようじゃないか、という探究好きなタイプの人間もいるということです。
もっとも、おそらくおやぢさんは、寺島さんの番組をお聴きになっていないうえでの投書だと思いますが、面白いですよ。決して頭デッカチではありません。頑固で理不尽な発言は、たくさんありますが(笑)。(それを突っついたり、一喜一憂するのも、これまた番組リスナーの楽しみなのです)
また、おそらく私の番組もお聴きになっているかどうかはわかりませんが、私も、出来るだけ、楽しく分かりやすく皆さんと楽しみを共有しようと努力しています。
(ゲスト出演された一子さんも超ノリノリでしたし)
もし、お住まいのエリアでは聴けないのであれば、この番組の雰囲気を切り取ったショートカット・バージョンのポッドキャスト編が、おそらくは今週末より配信が開始されます。
是非、これを聴いていただき、我々が考えていることは決して頭デッカチでも、理屈のための理屈でもないことを感じとっていただければ、とても嬉しいです。
文字にすると、ややこしくないことも、ややこしく感じてしまいがちなのよね。
そう感じさせてしまったとすれば、それは、ひとえに私の力量不足のいたすところであります<(_ _)>
寺島さんのモノの言い方書き方として、視点を単純化することで、ご自分の論点の切れ味を鋭くしているようなところがある。そう思っております。
わたしなんざあ、寺島さんの文章を読んでいてそれが結構快感で、寺島さんの感性とわたしの感性が一致しない場合であっても、寺島さんの書く文章は決して嫌いではありません。
>リスナーを混乱に陥れかねないのではないか
というご懸念なのですが、ここから先、少しわたしの飛躍が含まれます。
小泉さんも、大別すれば寺島さん的なノリがお好きなヒトだったようで、「郵政民営化、賛成か反対か」の選挙をやって、国民の支持を受けちゃったけど、今となってはそのやり方を疑問視する声も挙がっています。
やっぱりいろんな意見が混ざり合っているのが世の中。
「雲さん、寺島さんとサシで対談」というのもジャズ世界の民主主義ってものなのだ。なんて気がしております。
私は寺島さんのことは、ある種ジャズ界の「キャッチコピー屋」だと思っているので、まさに八神さんがなぞらえる元・小泉首相のワンフレーズ・ポリティクスに関しては、まったくそのとおりだと思いました。
ただ、キャッチコピーは切れ味鋭く、通りも良いが、そのぶん誤解も生まれやすいですよね。
つまり、分かる人には分かるけど、分からない人や、真意を汲み取ろうとまでしない人には、表面上の言葉通りに受け取られてしまう危険性もないとは言えない。
そこのところが、混乱を招くかもしれないなと思った次第です。
(ま、余計なお世話かもしれませんが)
もちろん、私も寺島さんの著作はほぼすべてを読んでいますし、したがいまして、かなりのファンでもあります。
ただし額面通り受け取るのではなくて、「なにいってやがんだ、このオヤジ(笑)」と突っ込みを入れながら楽しく本を読んだり発言を聞くという、ちょっと屈折したファンです。
SMAPファンが、中居クンがヘアスタイルを変えるたびに、その微妙さにヤキモキし、「うーん、ちょっとなぁ」などとチャチャを入れながら愉しむのと同じような心理かもしれません(笑)。
そう、寺島さんはジャズ評論のアイドルなのです(笑)。
だから、愛情をもって横やりを入れたくなるファン心理、ついついお節介を焼きたくなってしまう心理、これもまた好きだからこそなのです。
対談は、やりたいですねー。
寺島さんも、「おっ、“飛んで火に入る噛ませ犬”がやってきたな!」と喜んでくれると思うんでうけどね〜(笑)。
また、文面の拙さからご気分を害されたのでしたらお詫びいたします m(_ _ m
いささか弁解めいて聞えるかも知れませんが
頭デッカチと書いたのも個人のことを指したわけではなく
うぅん、なんちゅうか「こぅあるべき論者」みたいな
これは、評論家側も、聴く側にも存在するわけですが
それは、ちょっと違うよね、程度のことなのです
すべては、個人の嗜好の世界なのですから
ダメなものはダメ、聴かずキライ。。。
でも、評論や記事の中で感じるところがあって
いっちょ試してみようか?と、新たな魅力を感じることもあるわけで
そこから世界が広がることもあります
ずっと聴かずキライだったマイルスを聴くようになったのも
「卵の殻の上を歩くような音色」って表現でした
ワタクシも「いいものはイイ」だけでは我慢できない人種なのです
自分の「いい」と感じるところは、
どういう理屈なのか、表現なのか、また背景は、エピソードは。。などなど
jazzに限らず、より楽しむ方法や手段を
専門家の方々に教わる部分、たくさんあります
全否定しているわけではないことは弁解させてくださいね
そして、喧々囂々、口角泡を飛ばしながら
主張、言い合い(爆)するのも醍醐味であることも承知しています
でも、それは自分と同じ土俵の上でのこと
「あ、この曲いいですよねぇ」とお姉ちゃん(笑)に問われて
最初っから専門用語盛りだくさんで薀蓄をたれるのは野暮ってもんでしょう
「この曲は演奏者が演奏中に喧嘩してさぁ」とかって
軽い話からドンドンとこちらのフィールドに誘うのにも
専門家の皆さまのお力を借りなければなりませんし
あ、あくまで音楽の話ですよ(笑
で、結局、なにが書きたいのか、伝えたいのかわかりませぬが。。。(汗
すべての専門家の皆さまを否定しているわけではないですってことだけ弁明させていただいて
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ポッドキャストの配信あるんですか?
とても楽しみですね
是非PCMJAZZにも出てください。
なるほど、わかりました。
評論家にもさまざまな主張、スタンスがあるうえに、本当に好きな音、これだけは言っておきたい!伝えたい!俺は興奮したぜ〜、お前らも聴けよ!という熱い思いもあるはずなんです(そうじゃないっぽい人もいますが・笑)。
だからこそ文章を書くんだろうし(少なくとも私はそう)、ついつい「〜べきだ!」「〜べし!」「〜を聴け!」という威勢のいい言葉になってしまうのだと思います。そのへんのところは割り引いて、暖かい目で見守ってください(笑)。
命令形言語がお口に合わなければ、そのような評論は無理して読むのはやめて、私のメルマガとラジオ(あるいはポッドキャスト)を御贔屓にどうぞ(笑)。
音無館さん
ありがとうございます。
オーディオマニアとしても「タッチ(音色)を聴かないオーディオマニアの発言の真意」は気になるところですよね。
是非、ミュージックバードに投書してやってください(笑)。私が言っても梨のつぶてですが、リスナーからのリクエストとなれば、制作側も無視できないでしょう(笑)。
宛先は、e-mail@musicbird.co.jpまでお願いします(笑)。
いっきさんもよろしくね!(笑)